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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)22号 判決

原告

東レ 株式会社

右代表者

廣田精一郎

右代理人弁護士、弁理士

中松潤之助外三名

被告 特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

梅田勝外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

(争いのない前提事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯および本件審決理由の要旨が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無)

二原告は、本件補正が実質上特許請求の範囲を変更するものではなく、適法なものであるから、これを却下した決定を維持した本件審決は、結局、本願発明の要旨の認定を誤つたものであると主張するが、原告の右主張は理由がない。すなわち、本件補正前の本願発明の要旨が、明細書の特許請求の範囲記載のとおり、「合成線状ポリアミドを溶融して紡糸或は成形する際に、無機の第一銅塩を添加することを特徴とするポリアミドの耐熱耐光性の改善方法」にあるところ、本件補正が、右特許請求の範囲の記載を「合成線状ポリアミドを溶融して紡糸或は成形する際、無機第一銅塩と塩化第一錫、硫酸第一錫、シアン化カリ、ヨウ化カリよりなる非着色性無機還元性物質もしくは2.6―ジ第三級ブチル―P―クレゾール、4.4―ジヒドロキシジフェニルシクロヘキサン、2.2―メチレンビス(四―メチル―六―第三級ブチルフェノール)、P―フェニルフェニルフェノール、チオ尿素、メルカブトベンツイミダゾールよりなる非汚染性の有機老化防止剤の一種又は二種以上の化合物とを併用添加することを特徴とする合成線状ポリアミドの耐熱耐光性を改善する方法」と訂正するものであり、要するに、ポリアミドの耐熱耐光性を改善するための方法として、無機の第一銅塩とともに、非着色性無機還元性物質もしくは非汚染性の有機老化防止剤の一種または二種以上を併用添加することを構成要件として付加したものであることは、本件弁論の全趣旨に徴し明らかであり、かつ、右補正が、新たな構成要件を付加したものであつて、形式上特許請求の範囲の減縮に該るものであることは、当事者間に争いのないところである。

ところで、ある発明に新たな構成要件を付加することにより、形式上特許請求の範囲を減縮する場合、右の新たな構成要件の付加が当業者に周知の技術手段でないかぎり、特許請求の範囲を実質上変更するものというべきである。すなわち、周知の技術手段を付加するかぎり、発明はその同一性を失うことなく、特許請求の範囲も実質上変更されることはないが、周知でない新規な技術手段を付加するときは、構成を異にし、したがつて別個の発明となつてしまうからである。

そして、本件において、原告は、本件補正により新たに併用添加すべきものとされた前記の無機還元性物質及び有機老化防止剤をポリアミドに添加して、着色防止及び耐熱耐光性の改善をはかることは、本願出願前周知の技術手段であつた旨主張する。しかし、本願発明の出願当時、メルカブトペンツイミダゾールを安定剤としてポリアミドに添加することが公知であつたことは当事者間に争いがなく、また、〈書証〉によれば、アルカリ金属塩及びハロゲン化物の混合物をポリアミドに添加することにより耐熱耐光処理をすること、銅化合物とアルカリ金属のハロゲン化物を合成線状ポリアミドに添加して安定化をはかること、ポリアミドの安定剤としてフェノール類を添加すること、以上のような技術手段の記載のある文献が刊行されていたことを認めることはできるが、それ以上に、本件補正により新たに加えられた前記の各無機還元性物質及び有機老化防止剤のすべてについて、これらを着色防止及び耐熱耐光性改善の安定剤として合成線状ポリアミドに添加することが、本願出願当時周知の技術手段であつたとまで認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、本件補正により、合成線状ポリアミドに、無機の第一銅塩のほか、前記の無機還元性物質もしくは有機老化防止剤の一種または二種以上を併用添加することを新たな構成要件として付加することは、特許請求の範囲を実質上変更することになるといわざるをえず、出願公告決定後の補正である本件補正は、特許法第六四条第二項の準用する第一二六条第二項の規定により、許されないものと解すべきである。本願発明の明細書中の発明の詳細な説明の項には、もともと本件補正により付加された新たな構成要件に該当する技術手段の記載があつたことを認めることはできるが、このことは、出願公告前に本件補正の内容のような補正をしても、それが要旨変更として却下されることはないことを示すにとどまり、右記載のあることを根拠として、出願公告決定後の本件補正が特許請求の範囲を実質上変更することにならないと速断するわけにはいかない。

したがつて、本件補正は、実質上特許請求の範囲を変更するものとして、却下すべきものであり、これを却下した決定を維持した本件審決は正当であつて、結局、本件審決に原告主張のような違法はないといわざるをえない。

(むすび)

三以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由のないことが明らかである。よつて、これを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(服部高顕 石沢健 瀧川叡一)

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